移動組立方式による大量生産方式の代名調であるフォードシステムは20世紀のはじまりとともに本格的に動き始めたのである。
こうして18世紀後半から19世紀に始まった産業革命の進展、工業の大規模化や自動化は、その100年後にこうした「科学的管理」にもとづく工場労働をもたらしたのである。
人々は、自動機械による大量生産に、科学文明の恩寵を予感した。
しかし、こうした生産様式のもとでの労働のあり方は、皮肉にも働く者に多くの弊害を生み出したのである。
すでに繰り返し指摘されてきたことがらであるが、これを改めて4つの観点から確認しておこう。
機械的な労働人間の作業を機械に組み込むことにより、労働能率はベルトコンベアの運転スピードに左右されることになり、能率を上げるために非人間的な労働強化を強いられることになる。
19世紀以来のおなじ鉱工業の作業に従事する場合にも、Cの映画『モダンタイムス』にみられるように、人間の労働はベルトコンベアのスピードに支配された機械的反復作業となり、姿勢やリズムを機械に合わせることではじめて可能となる。
J・Oの高名なルポルタージュは、1936年当時の炭坑の切羽作業を次のように描写している。
しばらくのあいだ他のすべてを圧倒する第一印象は、石炭を運ぶコンベア・ベルトの耳をつんざく轟音だ。
炭塵の霧がランプの光をさえぎっているために遠くを見ることはできない。
やっと見ることができるのは、両側に並んでひざをついている半裸の男たちだ。
彼らがやっているのは想像を絶する仕事で、普通人を標準にとれば超人的ともいえる。
というのは、彼らはたいへんな量の石炭を動かしているだけでなく、その仕事を2倍にも3倍にも困難にさせている姿勢で働いているからだ。
彼らはつねにひざをついたままでいなくてはならない。
立ち上がろうとすれば天井に頭をぶつけてしまうからだ。
このことでどれほど恐ろしい労力を強いられるか、自分でやってみればすぐわかる。
コンベア・ベル卜が絶え間なく轟音を発する。
それは閉じこめられた空間の中では、機関銃の銃声のように感じられる。
しかし採炭夫の働きぶりは、あたかも鋼鉄製の人間を思わせる。
頭のてっぺんから爪先まで、なめらかな炭塵が上衣のようにへばりついているために、彼らは本当に実物大の鉄の彫像のようにみえる。
こうした繰り返しの機械的労働が強化されると、肉体と精神は絶え間ない緊張を余儀なくされ、疲弊するようになる。
とくに、流れ作業のもたらす機械的反復のリズムは、精神の疲労を高め、S・Wが『工場日記』で自らの体験として示すような、労働による強迫観念や人間疎外を生み出す。
もちろん、労働者は、各部品がどんなふうに使われるのかを知らない。
その部品が他の部品とどのように組み合わされるか、その部品に対してどのような一連の操作が加えられるのか、全体がさいごにどんなふうに利用されるのかを知っていない。
まだ、それだけでない。
仕事それ自体における原因と結果の関係も理解されていない。
専門化は堕落をまねく。
…あきらかに過酷で、容赦しない抑圧によって、ただちにどういう反動が生じて来るかというと、それは反抗ではなく、服従である。
女性・年少者の酷使他方、このように標準化された労働のあり方は、仕事にこれまでのような熟練を必要としなくなり、若年・女性労働者を工場へ動員させることになる。
日本の例でいうと、明治から昭和にかけて大量に「紡績女工」として雇用された、10代の女性労働者たちの仕事の実態が典型例であり、明治期の著名な実態調査やルポルタージュで克明に記録されているとおりである。
職工の最低年齢は各工場の間区々たりといえども、要するに10歳以下の者はほとんどこれなしということを得るべし。
然り而して10歳以上14歳以下の者に至っては、先に掲げたる処によれば、その数1万余にして全国紡績職工の総数に対して1割5分に当たれり。
…紡績工場においては昼夜交代の執業方法により、その労働時間は11時間または11時間半。
若年・女性労働の大量動員は、労働力のコストを低下させる。
そして、企業間競争の激化の結果として、低賃金・悪条件のもとでの労働による生産体制、すなわち国家的規模でのチープレーパー化が定着する。
それは、健康や環境の悪化、人権の抑圧などの社会的不公正の原因となる一方、低い労働コストで生産された製品を安売りで輸出すること。
は、先に述べたように国際関係の緊張の重大な要因と認識されたのである。
紡績工場くらい長時間労働を強いる処はない。
…第1期は工場法発布以前であって此の頃は全国の工場殆ど、紡績12時間、織布14時間であった。
而して第2期に当る工場法施行後から今日へかけては紡績11時間、織布12時間といふのが最も多数を占める。
ところが蕊に「夜業」があるため、紡績工場の労働時間割は仲々面倒になって来る。
11時間制だから11時間働けばいいといふ如く、簡単に片づかないのである。
何分紡績機械はローラーの多い機械で…物騒なもの計りだ。
そんな部分は被覆せばやと素人は言ふだろうが、カバーなんかきせたら仕事の出来ない処ばかりだ。
さうした処で何人何百人殺されたかわからない。
以上の弊害に対抗するために、企業や国家に向けて労働運動が勢いを増すようになる。
上記のように国際労働基準の進展もあって、各国で労働立法が数多く制定されるようになる。
立法や行政による労働の規制は、第2次大戦を経過した今世紀の後半には、先進諸国においていっそう促進され、また後発のアジア・アフリカ諸国や南アメリカ諸国にも浸透していった。
かくして、20世紀は、まさしく「労働の規制の世紀」であった労働の規制は20世紀の労働の実情に対応して、日本を含む多くの諸国で、労働立法の進展のなかで形成されてきたものであった。
2社会的労働ところで、こうした労働の規制は、すべてこの世紀に支配的であった、企業労働についての規制にほかならない。
しかし、先にも述べたように、人の「働き方」は、企業労働に限られず、もっと多様で、拡がりのあるものである。
そうして、この同じ世紀には、雇用にとらわれない新しい発想による仕事の発展もみられたのである。
そのコンセプトは、労働者が主体となった「社会的」労働というべきものである。
働くという言葉は、「稼ぐ」という趣旨をともないがちである。
家庭の専業主婦が、「私、働くわ」といえばそれは収入をともなう労働につくという意味であり、多くの場合は雇用労働を想定している。
しかし、彼女は主婦として、これまで家庭において「働いて」こなかったわけではない。
状況によっては、労働の量は多く質も高いことが十分にありうる。
それにもかかわらず、なぜ「働く」ことは収入を前提とし、かつほとんどの場合雇用労働を意味することになるのであろうか。
日本人は、第2次大戦終結直後の荒廃した国家を、資源も資産もないまま、国をあげた産業復興によってまたたくまに先進資本主義国のトップグループに押し上げた。
躍進の主たる要因が、高度な集約的労働力にあったことはいうまでもない。
そしてこの成功の経験が、日本人の「働く」ということに対する認識を決定づけた。
を利用した移動組立方式による大量生産方式の代名調であるフォードシステムは20世紀のはじまりとともに本格的に動き始めたのである。
こうして18世紀後半から19世紀に始まった産業革命の進展、工業の大規模化や自動化は、その100年後にこうした「科学的管理」にもとづく工場労働をもたらしたのである。
人々は、自動機械による大量生産に、科学文明の恩寵を予感した。
しかし、こうした生産様式のもとでの労働のあり方は、皮肉にも働く者に多くの弊害を生み出したのである。
すでに繰り返し指摘されてきたことがらであるが、これを改めて4つの観点から確認しておこう。
機械的な労働人間の作業を機械に組み込むことにより、労働能率はベルトコンベアの運転スピードに左右されることになり、能率を上げるために非人間的な労働強化を強いられることになる。
19世紀以来のおなじ鉱工業の作業に従事する場合にも、Cの映画『モダンタイムス』にみられるように、人間の労働はベルトコンベアのスピードに支配された機械的反復作業となり、姿勢やリズムを機械に合わせることではじめて可能となる。
J・Oの高名なルポルタージュは、1936年当時の炭坑の切羽作業を次のように描写している。
しばらくのあいだ他のすべてを圧倒する第一印象は、石炭を運ぶコンベア・ベルトの耳をつんざく轟音だ。
炭塵の霧がランプの光をさえぎっているために遠くを見ることはできない。
やっと見ることができるのは、両側に並んでひざをついている半裸の男たちだ。
彼らがやっているのは想像を絶する仕事で、普通人を標準にとれば超人的ともいえる。
というのは、彼らはたいへんな量の石炭を動かしているだけでなく、その仕事を2倍にも3倍にも困難にさせている姿勢で働いているからだ。
彼らはつねにひざをついたままでいなくてはならない。
立ち上がろうとすれば天井に頭をぶつけてしまうからだ。
このことでどれほど恐ろしい労力を強いられるか、自分でやってみればすぐわかる。
コンベア・ベル卜が絶え間なく轟音を発する。
それは閉じこめられた空間の中では、機関銃の銃声のように感じられる。
しかし採炭夫の働きぶりは、あたかも鋼鉄製の人間を思わせる。
頭のてっぺんから爪先まで、なめらかな炭塵が上衣のようにへばりついているために、彼らは本当に実物大の鉄の彫像のようにみえる。
こうした繰り返しの機械的労働が強化されると、肉体と精神は絶え間ない緊張を余儀なくされ、疲弊するようになる。
とくに、流れ作業のもたらす機械的反復のリズムは、精神の疲労を高め、S・Wが『工場日記』で自らの体験として示すような、労働による強迫観念や人間疎外を生み出す。
もちろん、労働者は、各部品がどんなふうに使われるのかを知らない。
その部品が他の部品とどのように組み合わされるか、その部品に対してどのような一連の操作が加えられるのか、全体がさいごにどんなふうに利用されるのかを知っていない。
まだ、それだけでない。
仕事それ自体における原因と結果の関係も理解されていない。
専門化は堕落をまねく。
…あきらかに過酷で、容赦しない抑圧によって、ただちにどういう反動が生じて来るかというと、それは反抗ではなく、服従である。
女性・年少者の酷使他方、このように標準化された労働のあり方は、仕事にこれまでのような熟練を必要としなくなり、若年・女性労働者を工場へ動員させることになる。
日本の例でいうと、明治から昭和にかけて大量に「紡績女工」として雇用された、10代の女性労働者たちの仕事の実態が典型例であり、明治期の著名な実態調査やルポルタージュで克明に記録されているとおりである。
職工の最低年齢は各工場の間区々たりといえども、要するに10歳以下の者はほとんどこれなしということを得るべし。
然り而して10歳以上14歳以下の者に至っては、先に掲げたる処によれば、その数1万余にして全国紡績職工の総数に対して1割5分に当たれり。
…紡績工場においては昼夜交代の執業方法により、その労働時間は11時間または11時間半。
若年・女性労働の大量動員は、労働力のコストを低下させる。
そして、企業間競争の激化の結果として、低賃金・悪条件のもとでの労働による生産体制、すなわち国家的規模でのチープレーパー化が定着する。
それは、健康や環境の悪化、人権の抑圧などの社会的不公正の原因となる一方、低い労働コストで生産された製品を安売りで輸出すること。
は、先に述べたように国際関係の緊張の重大な要因と認識されたのである。
紡績工場くらい長時間労働を強いる処はない。
…第1期は工場法発布以前であって此の頃は全国の工場殆ど、紡績12時間、織布14時間であった。
而して第2期に当る工場法施行後から今日へかけては紡績11時間、織布12時間といふのが最も多数を占める。
ところが蕊に「夜業」があるため、紡績工場の労働時間割は仲々面倒になって来る。
11時間制だから11時間働けばいいといふ如く、簡単に片づかないのである。
何分紡績機械はローラーの多い機械で…物騒なもの計りだ。
そんな部分は被覆せばやと素人は言ふだろうが、カバーなんかきせたら仕事の出来ない処ばかりだ。
さうした処で何人何百人殺されたかわからない。
以上の弊害に対抗するために、企業や国家に向けて労働運動が勢いを増すようになる。
上記のように国際労働基準の進展もあって、各国で労働立法が数多く制定されるようになる。
立法や行政による労働の規制は、第2次大戦を経過した今世紀の後半には、先進諸国においていっそう促進され、また後発のアジア・アフリカ諸国や南アメリカ諸国にも浸透していった。
かくして、20世紀は、まさしく「労働の規制の世紀」であった労働の規制は20世紀の労働の実情に対応して、日本を含む多くの諸国で、労働立法の進展のなかで形成されてきたものであった。
2社会的労働ところで、こうした労働の規制は、すべてこの世紀に支配的であった、企業労働についての規制にほかならない。
しかし、先にも述べたように、人の「働き方」は、企業労働に限られず、もっと多様で、拡がりのあるものである。
そうして、この同じ世紀には、雇用にとらわれない新しい発想による仕事の発展もみられたのである。
そのコンセプトは、労働者が主体となった「社会的」労働というべきものである。
働くという言葉は、「稼ぐ」という趣旨をともないがちである。
家庭の専業主婦が、「私、働くわ」といえばそれは収入をともなう労働につくという意味であり、多くの場合は雇用労働を想定している。
しかし、彼女は主婦として、これまで家庭において「働いて」こなかったわけではない。
状況によっては、労働の量は多く質も高いことが十分にありうる。
それにもかかわらず、なぜ「働く」ことは収入を前提とし、かつほとんどの場合雇用労働を意味することになるのであろうか。
日本人は、第2次大戦終結直後の荒廃した国家を、資源も資産もないまま、国をあげた産業復興によってまたたくまに先進資本主義国のトップグループに押し上げた。
躍進の主たる要因が、高度な集約的労働力にあったことはいうまでもない。
そしてこの成功の経験が、日本人の「働く」ということに対する認識を決定づけた。
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